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『寝ながら学べる構造主義』感想

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こんにちは。
寝ながら学べるなんてすごいなーと思って、この本を手にとったサトーです。
感想です。

この本は

入門者のための、平易に書かれた構造主義の解説書です。
構造主義というのはWikipediaによると、「20世紀の現代思想のひとつであり、(中略)広義には、現代思想から拡張されて、あらゆる現象に対して、その現象に潜在する構造を抽出し、その構造によって現象を理解し、場合によっては制御するための方法論を指す語」とのことです。
この本では次のような内容で解説されています。↓↓↓
フーコーの「いま・ここ・私」の人間主義
バルトの記号学
今なお難解なラカン精神分析の領域
これだけだと訳わからないし私も何がなんだったか思い出せないのですが、読みやすい文章なので読んでるうちに面白くなってきます。

感想

構造主義の「地ならし」に大きな貢献をしたということで、マルクスフロイトニーチェの名前も出てきます。
彼らとは別に「構造主義四銃士」として先ほどのフーコー、バルト、レヴィ=ストロースラカンも登場します。

こぶとり爺さん

印象に残ったのは昔話の「こぶとり爺さん」の話です。
この話はかなり「不条理」であるとのこと。
たしかに「こぶとり爺さん」を改めて読むと理不尽だなーと思います。
でもだからこそ、昔話として語り継がれているようなのです。
世の中には不条理なこともあると、子どもたちに伝えるために。
そこで筆者はこう書いています。
そもそも「努力した人は報われる」というようなつまらない説話を、誰が好んで何世紀も伝えるものですか。
これは一番印象に残りましたね。
というのも偶然にも、いま見ている映画『アダプテーション』にも似たようなセリフが出てきたからです、
アダプテーション』では、主役の脚本家の男が「淡々と進んでいくだけのストーリーはどうですか」と、脚本家養成講座の講師に尋ねます。すると講師は「現実は淡々としているか?」違うだろと。
「(そんなものは)くだらん映画だ。何ひとつ見るべき価値はない」と怒鳴ります。
こぶとり爺さんの「不条理な話」と、アダプテーションの「淡々としてる話はくだらん」というのが、物語が生き残る上での構造主義的な共通のものなのかなあと考えたりしました。

贈り物としての・・・

嫌な意味で引っかかったのがですね、レヴィ=ストロースのいう経済活動、言語活動、親族制度では娘を贈り物にすることによって男同士のコミュニケーションが成立していた、という箇所です。
この構図って、いま問題になっている大物お笑い芸人の性犯罪の事件に似てる気がするんですよ。
女性を「贈り物」として先輩芸人に当てがう後輩芸人とかね。
気持ち悪いですね。この構図は世界中のあちこちにありそうですね?

身体の支配

ほかにも、” 国家は身体を操作する ”では、「政治権力が臣民をコントロールしようとするとき、権力は必ず「身体」を標的にします。」とあります。
精神をコントロールする前に、まず身体をコントロールしようとするらしいんですね。
その例として、体育坐りがあげられています。学校の授業でやる体育坐りが子どもたちの身体を縛っていて、教員が管理しやすくなっているとのこと。
この話で思い出したのは、日本の被災地の避難所で、男性管理者が何がなんでも女性に対して生理用品を配らない、配りたがらずにひたすら代替案を提案しまくるという事象です。
いまX(旧Twitter)ではかなりタイムリーな話題ですね。
なぜ、当事者たちが必要としたいるものをそんなに与えたくないのか?と不思議でしょうがなかったんですが、「女の身体をコントロールして、やがては精神までコントロールしたい」と考えているなら腑に落ちます。
もし、この通りだったとして非常時にそんなしょーもないことを考えたり、願ったりしているとしたら、人間として本当にしょーもないなと思いますね。困ってる時、困ってる人を更に困らせるようなことをするなんてね、本当にしょーもないです。
まあこれはあくまで私個人の考えであって、実際の人々が何を考えているのかは分からないんですけどね。

まとめ

まあ、そんなわけで読んでいて、いろいろと現実世界で起こっていることにつなげて考えちゃったんですよね。
そういう現実の出来事を理解するためのヒントをもらえた本でした。
かなり面白かったです。
それでは、お読みいただきありがとうございました♪
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