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資源と紛争『気候安全保障の論理 気候変動の地政学リスク』感想

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こんにちは。
最近はマクドナルドやスタバに行かなくても平気になってきたサトーです。
なんかね、マックナゲットとかポテトとか美味しかったんですけどね、今はあの油のニオイがダメなかんじでそそられないですね。
これも一種の断捨離でしょうか。食べない習慣が身につけば案外平気なんですね。

さいきん読んだ本の感想です。

この本は

「気候安全保障とは、気候変動が遠因となって起きる紛争や暴動から国や社会を守ること」だそうです。
気候変動が紛争を引き起こしたり、紛争に結びついたりするのか?
そのメカニズムや条件は?といったことが書かれています。

感想

「紛争との因果関係においては、環境的要因よりも政治的要因の方がより重要である」
これは初期の環境安全保障研究所を牽引したベヒラーという人たちが出した結論のひとつだそうです。
他に4つの条件があります。

まあそうでしょうね。

でも、中東のパレスチナで水をめぐる争いがあったとか、ケニアでは干ばつで水や土地が乏しくなると抗争や家畜の争いが起きやすくなるとか、そういうこともあったようです。

なので水などの命に直結する資源が乏しくなると、争いが起きやすくなる地域があるようなんですね。

まあ今の日本でそういうことは滅多にないかもしれませんが、世界規模で見るとアフリカや中東で起きやすいのかなと思いました。

資源が乏しいときは争わない

一方で、資源が乏しくなると争いよりも協力を選ぶ人たちもいるそうです。

ケニアのポコト族は飢饉が迫ってる時に敵対する相手に平和協定を申し込んだとか、
スーダンの農民たちは干ばつになると暴動よりも生計を維持する方を選ぶとか。

「つまり、資源が乏しいときに争いをする余分な時間や資源はなく、むしろ生存にエネルギーを注ぐということだ。」

まあそうですよね。
生きるのに大変なときに争って余分な血を流したくないし、無駄に資源を減らしたくないですからね。

資源が乏しいときは、省エネモードになって、守りに入るということですよ。

その視点で今の日本を見てみるとですね。
多くの国民の生活が厳しい状況で、増税したり防衛費や軍事費に税金をジャブジャブ使うってのは、やっぱりなんというか、そういう政治家は生存本能がマヒしてるというか、国民の現実とは大きく乖離しているなあと思わざるをえないんですよね。

まとめ

とはいえ、生活に困窮すると暴力に頼って行動する人も出てくるそうです。

やっぱり生活の基盤が揺らぐと不安になって、感情的になって衝動で動くようになる人もいるみたいですね。

だから国民の生活は豊かな方がいいんですよね。
軽い税で(重い税なら福祉を充実させる)、給料も高くて、ローンも組みやすいとかね。

私は平和な国で平和なままで暮らしていきたいのでね。

こういう仕組みを理解している人が国のリーダーになってほしいなぁと思ったのでした。

それでは、お読みいただきありがとうございました♪

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