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ドラマ『ハッピー・バレー 復讐の町』シーズン1 キャサリンが殴られる描写は必要だった?

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こんにちは。
イギリスの警官ドラマ『ハッピー・バレー 復讐の町』の感想を書くサトーです。
いろいろ考えることがあったので、後半は考察を書いています。

※ネタバレあり

作品情報『ハッピー・バレー 復讐の町』シーズン1

作品名ハッピー・バレー シーズン1
制作年/国2014/イギリス
話数6
ジャンルクライム、ドラマ
製作総指揮/脚本サリー・ウェインライト
キャストサラ・ランカシャー(キャサリン・ケイウッド)、シヴォーン・フィネラン(クレア・カートライト)、チャーリー・マーフィー(アン・ギャラガー)、シェイン・ザザ、ジェームズ・ノートン(トミー・リー・ロイス)

シーズン1 あらすじ

ハッピー・バレーに住む警官のキャサリンは巡査部長。
妹と娘の子どもライアンと暮らしている。
ある日、娘の死に影響したと思われる男ロイスが出所したことがわかった。
キャサリンはロイスが気になるものの、町で発生した誘拐事件を捜査することになる。

愛する娘を死に追いやった男と、家族と職務の間で苦悩するキャサリン。

悪人ロイス、問題児のライアン、若い部下たち、同居する妹。
様々な人間関係の中でキャサリンは苦悩しながらも前に進んでいく。

このドラマは ✅骨太なドラマ✅空気が重い✅残忍な描写がある

シーズン1の見どころ

キャサリンが家族との関係に悩みながら、娘の復讐を忘れずに勇敢に戦う姿
イケメンのジェームズ・ノートンが、自己中心的で身勝手で他責マインドのクズを演じている
キャサリンの家族の問題が、あるあるなので共感できる

シーズン1 全体の感想

このドラマのストーリーは、ハードボイルドというか、タフで優秀な中年女性の警官が悪人に立ち向かい、戦って勝利するという話です。
事件の話だけじゃなくてキャサリン(サラ・ランカシャー)周辺の人間関係も描かれているので、共感できるポイントも多いです。

また、舞台は大都会ではなく、イギリスの地方の町です。
キャサリンが孫の送り迎えをしたり、孫が学校でトラブルを起こしたり、元夫と食事に行ったりと、普通の生活を送っています。

そういったところに共感しながら見ていくと、キャサリンの苦悩や、ロイスの悪質さ、うざったさがよく分かるはずです。

『ハッピー・バレー』がおすすめな人

イギリス警官の骨太なドラマが見たい
女性警官が活躍するドラマが見たい
ジェームズ・ノートンが見たい

こんな人におすすめです。

ここからはサトー独自の考察になるよ。興味のある人だけ読んでね!

辛口の感想と考察~女性警官の活躍に共通するものは?

ドラマを見ていて気になった暴力的なシーンがありました。第5話でキャサリンがロイスと格闘して顔をボコボコに殴られるところです。
そのことについて疑問が浮かんだの、で少し書いてみます。

このシーンを見た後、率直に「キャサリンがあそこまで殴られる描写は必要だったのか?」と疑問が浮かびました。

見てて辛かった…

キャサリンはボコボコにされながらも、被害者を連れてパトカーの側まで逃げるんです。そんなのキャサリンを見ていると、すげえ…そんなになってまで戦うのか…すげえ…よくそこから立ち上がったな…っていう感想が出てくるんですよ。

その後もしばらく見ていると、なぜか「そんなに頑張ったんなら…じゃあ認めてやらないでもないか」という上から目線になったんです。
イギリスの視聴者は、あのシーンをどういう風に受け止めたのか、気になるところです。

女性警官の受難~なぜ彼女たちは身体的ダメージを負うのか

海外の警官ドラマや犯罪ドラマを見ていると、確かに男性警官もボコボコにされたり、撃たれることはあります。
ドラマ『クリミナルマインド』では男性も容赦なく拷問されていました。

しかし、集中的に「顔」を攻撃されるのは女性が多い気がしています。
というのも、最近見たドラマ『警視ステラ・ギブソン』でも、主役のステラが最後に犯人に顔を集中的に攻撃されるという、共通点がありました。
似たような演出のドラマを立て続けに見たせいもあって、「なぜ女性警官は顔を殴られるのか」という疑問が浮かんだのです。

他にもイギリスの警官ドラマでタフな女性といえば『ニュー・トリックス~退職デカの事件簿~』のサンドラが思い浮かびます。初期の主役を務めたサンドラもタフでした。

もしかしたらイギリスでは、キャサリンやステラやサンドラみたいな、タフに戦う警官が人気があるのかもしれませんね。

これは暗黙の掟なのか?

ここからは考察というより、個人的な肌感覚に近いのですが、もしかして

女は男に認められるために、まず顔をボコボコに殴られて立ち上がらなければならない」みたいな暗黙の掟があるのでしょうか?

もしあるとしたら、それはとても悪趣味です。なんだか、男社会に生きる女性だけに課された通過儀礼的なものに見えてしまって、好きになれません。

ちなみに、キャサリンは優秀な警官です。上司にも認められています。
それでも「女は身体的被害を受けてなお立ち上がらなければならない」という作り手のこだわりがあるのなら、それは文明としての悲劇だなと思いました。

男みたいに戦う女たち

さらに少し考えてみました。
近年のアメリカ映画やドラマでも、女性俳優が男みたいなアクションと戦い方をするじゃないですか。
体格・骨格・筋力・体力ともに男性に劣るはずの女性が、男相手に「男の戦い方」で挑むんですよ。
パワーにパワーでぶつかっていくんです。

これも大変に違和感があります。
体格・骨格・筋力・体力で劣る女性が、パワーで勝負するのは非合理的です。
たとえば、合気道みたいに相手の力を利用していなすなら分かるんですけどね。

女子ボクシングでいうと、フェザー級(体重54kg超 57kgまで)と、ヘビー級(81kg超)が戦うイメージです。かなりハンディがあります。

稀にスカーレット・ヨハンソンのブラックウィドウや、『エージェント・マロリー』のジーナ・カラーノ(こっちはガチの格闘家)みたいにズバ抜けた体力と戦闘力を持つ女性もいると思いますけどね。

何が言いたいかというと、そういう体格差のある男女のファイトシーンを見ていると「男に認めてほしければ、男と同じ土俵に上がりたければ、男と同じように戦った上で、女はわかりやすく顔をボコボコにしろ」という暗黙の掟が存在してるように感じてしまうんです。

日本のバリキャリウーマンの事例でみる超苦難

で、そういうことを考えていたらX(旧Twitter)でこんなかんじの投稿を見ました。ある女性の経歴です。すごいですね。入院した後も出産して、昇格を繰り返しています。そして彼女の話に夫は登場しませんでした。

昭和の時代に大手証券会社に就職
結婚・出産後に派遣社員として仕事復帰
家事と育児と仕事に追われ倒れてついに入院
36歳で第4子出産、その後40代後半で管理職
支店長となり53歳の現在は常務執行役員に昇格

元専業主婦だからこそ役員になれた理由

この女性がどうという訳ではなくて、この話に対する反応が興味深かったのです。

私が見た感想を要約すると「夫が不在じゃないか」「妻が苦しんでいるとき夫は何してたんだ?」「男もここまで超人的なものを求められるのか?」といったものがありました。

これも「女はボコボコにされて、そこから立ち上がって初めて認められる」「男に認められるためにはまずわかりやすい身体的なダメージを負う必要がある」という先ほどの構図と、どこか似ていませんか。

日本のビジネス界にもこんな闇があったんだ…

男性の場合は、組織や社会に認められるのにそこまでする必要はないけれども、女性はいったん地の底に落ちて這い上がってこなければならない…みたいなね。
または、女は男の50倍のハードルを超えてこなければならないとかね。非対称性があるような気がします。

一方、女性の中にも格闘家やスタントウーマン、プロ・アマとして戦う仕事をしている人がいますので、特に殴られることに抵抗はない、もしくは闘魂スピリットあふれる人もいると思います。

そういう職業とは別の話で「暴力や逆境に屈しない女が認められる/出世する」話がチラホラあるのはどういうことなんだろうとな思った次第です。

働く女性が社会で認められるための犠牲(コスト)があまりにも大き過ぎないでしょうか?

それでは、お読みいただきありがとうございました。

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